「24色のエッセイ」を刊行しました!

 

 

「24色のエッセイ」が刊行しました!

24人のエッセイ集の共同商業出版です。

エッセイ集が刊行できる・・、素晴らしいと思いませんか?

私のエッセイは、4つ収められています。

 

1.「かわいい小さな表現者」

  息子の幼稚園時代の思い出です。

将来何になりたいですか?と聞かれて、息子は・・・

 

2.「”ネイティブ”から連想 ネイティブアメリカン」

帝国主義の支配と言語との関係を書きました。

アメリカは、インディアンの土地ですよね・・それなのに・・

 

3.「自由と自立と自律と」

女性が50歳からどうしていけばいいのか・・

私の思いを描きました。

 

4.「母親であること、女性であること(気づき、感性、共鳴)」

私が大事にする3つの価値観、気づき、感性、共鳴を選びました。

そして、私自身が今まで大事にしてきたことを描きました。

 

 

ぜひ、お手にとってみてください。

24という、幸運な数字とともに、

新しい広がりと幸せをもたらしてくれると思います。

 

(私の名前も24画なのですが、24という数字はたぶんですが・・

幸運な数字であると聞いていますよ・・)

 

 

 

 

 

今回の出版にあたってのエッセイ(6月の課題)を書いてみました。

 

 

『24色のエッセイ』24人の頭の中の映像       

 

エッセイの語源はフランス語のエセー、

モンテーニュの『随想録』が元になったと知った。

エセーとは、自分が何者であるかを知るための思索の試みや展開であると書かれていた。

自分は何者?のために、何を言おうか、書こうかと常々思っている。

 

エセー』(: Les Essais)もしくは『随想録』(ずいそうろく)は、フランスモラリストミシェル・ド・モンテーニュが107の随筆を集めて1580年に刊行した書物である。モンテーニュは随筆(エッセイ、エセー)という、特定の話題に関する主観的な短い文章の形式を発明したのであり、この書物はそのエセーを収めている。人間のあらゆる営為を断続的な文章で省察することによりモンテーニュは人間そのものを率直に記述しようとし、モラリスト文学の伝統を開いた。フランス語essaiは「試み」や「企て」という意味である。

出典: ウィキペディア エセー 

 

 

エッセイを書くとき、私たちはどのように主題を決めているのだろう?

自分の経験や体験を元に描いていく中で、言いたいことがフォーカスされていく・・。

または、言いたいことがあって、経験や体験を詳細に書いていく・・。。

 

講義で学んだことなのですが、

哲学者カントの認識論によると、私たちは、モノ自体を見ているのではなく、

モノを頭の中で自分なりに再構成した映像を見ているという。

西洋哲学の中ではじめて、人間はモノを見ているのではなく、

自分の脳の中を見ているのだといった哲学者がカントである。

これはカントのコペルニクス的転回と呼ばれる。

 

カントが自分の認識論上の立場を特徴づけた言葉。主観は対象に従いそれを映すとする従来の考え方を逆転させ、対象が主観に従い、主観の先天的な形式によって構成されると主張して、これを天動説に対して、地動説を主張したコペルニクスの立場になぞらえた。

出典:コトバンク コペルニクス転回

 

 

夕焼けを見たとしても、夕焼けの色が好きな人、風景にフォーカスする人、

カフェがあると儲かるのにと見ている人など様々だと思う。

確かに、夕焼けを脳の中で再構成して、自分なりの世界観を創造していることがわかる。

 

左脳を損傷した人は、右脳だけの世界なので、

左脳がない右脳だけの世界は、映像が違うという。

右脳だけの世界は、非常に綺麗でロマンティックな世界だそうだ。

左脳の論理的なものが消えているからなのか。

 

「ふみサロ」では、課題本が与えられて、私達は課題本を元に、

脳が自分なりの映像を再構成していく。

24色のエッセイのそれぞれの価値観は、

24人のそれぞれの脳が再構成をした映像とも言える。

 

私は課題本を与えられた瞬間が大好きで、次は何を書こうかなという想いが広がる。

どうせなら、人があまり言っていないこと、自分が知っている世界を表現したい。

同時にエッセイの文章が流れるが如く、音楽のようにしてみたい。

そして、神さまが喜んでくれる文章にしてみたい。

 

同じ本の課題でも、24人の頭の中で

再構成された映像から紡ぎ出されたリブリオエッセイ。

『24色のエッセイ』は24人の頭の中の映像である。

 

親子留学と本の出版の関係・書くということ