現在ベルリンに親子留学をされているWaka.Mさまから
原稿をいただきましたので、連載寄稿してまいります。
3歳でドイツへ
2018年、添田さまの親子留学シンフォニーを拝見したことをきっかけに
ベルリンに移住してきて4年半が過ぎました。
当時から添田さまは「10歳からの親子留学」を推奨しておられました。
わが家の場合、長女は当時10歳でちょうどよかったのですが、次女はまだ3歳。
幼稚園入園前にベルリンに来ることになってしまいました。
母国語の固まらない幼少期の子供は、海外でどのように育つのでしょうか?
新しい言葉の学習は小さいほど有利?
幼少期の子供は言語の習得能力が高く、
自然に言葉を吸収すると思われていることが多いと思います。
それはある程度その通りで、小学校のWK(移民のためのドイツ語クラス)の
子供たちを見ていても、兄弟で移住してきた場合は弟妹の方が
先にこのクラスを卒業できることが多いのです。
それは幼いほど求められるドイツ語能力が低いためでもありますが、
それだけではないようです。
小さい子の方が新しい環境や言語に慣れるスピードが速く、
持っている単語数も多くなります。
とりわけ生活に密着した言葉をたくさん知っていることが多く、
雑談のような普通の会話についていく力は
年長の子どもよりも高くなるようです。
とはいえ、言葉の面で苦労をしないというわけではありません。
次女はドイツで幼稚園に入園した当時4歳でしたが、
意思疎通ができないストレスは相当強く感じていたと思います。
おもちゃを取られても何も言い返せない、
何か誤解されても状況を説明できないと、
帰宅後に訴えることがたびたびありました。
そのため、どういう状況で何と言えばいいのかということや、
遊びや食べ物の名前は意識的に
覚えるということをせざるをえませんでした。
夜中はストレスでうなされていましたし、
幼稚園に行きたがらないということもよくありました。
上書き保存されたドイツ語
幼稚園に入園して半年を過ぎるころ、彼女に異変が起こります。
帰宅後に口数の少ない時期が続き、
やがて家でもドイツ語で話しかけてくるようになり、
視聴する子供番組もドイツ語のものを選ぶことが増えました。
そして数カ月たったある日、
机にぶつかった彼女が“Auah!”と叫んだのです。
反射的に出てくる言葉がドイツ語になっていることに驚いた私が
日本語で話しかけたところ、次女は私の言うことは理解しているものの、
日本語で話すことがあまりできなくなっていることに気がついたのです。
ドイツに来た当時すでに3歳半を過ぎておりましたし、
もちろん日本語でおしゃべりもしておりました。
来た当初は長年ベルリンに住んでおられる日本人のご婦人から
「達者な日本語だねえ。」と、感心されていたほどだったのです。
それが1年足らずのうちに失われたことに、私は心の底から驚きました。
10歳で移住した場合の母国語への影響
もちろん小学生になってから移住した場合でも、
子供たちは母国語を少しづつ忘れます。
移住当初、長女は移住の先輩にあたる小学校高学年くらいのお子さんが
「こんにちは」を間違えて「こんにちわ」と書いていたことに驚いていましたが、
そのような小さなところから、少しづつ母国語の能力は損なわれていきます。
とりわけ影響を受けるのは書きとりの能力です。
日本にいる限り日常的に日本語でノートをとったり、連絡帳を書いたり、
お友達とお手紙を交換したりすると思います。
移住するとそういう機会が減ってしまうため、
漢字を書くことができなくなってしまったり、
「こんにちは」を「こんにちわ」と書くようになってしまったりするのです。
しかし母国語が第一言語として確かなものになっていますから、
会話力にまで影響することはないと思います。
母国語を取り戻すために
失われた母国語を取り戻すため、わが家では家にいる間は日本語だけ、
子供番組も日本語中心というルールを徹底させました。
コロナ禍によって幼稚園が長期間閉鎖されたという幸運もあり
現在は必要最低限の会話ができる程度には日本語を思い出しています。
ですが発音はいまだに不自然で、
日本語を勉強しはじめたばかりのドイツ人のようです。
そしてGoogleで翻訳したときのように、
意味内容は通じるものの不自然な表現をすることが多々あります。
例えば「男の子たちはもっと短い髪を持っているよね。」と
いうような言い方をすることがあり、
そのたびに「男の子の髪って短いよね。」と訂正しなければなりません。
それ以外に「知らない。」や「知らなかった。」という言い方も難しいようで、
「知ってない。」と言うことが多々あり、なかなか直りません。
また、次女が部屋から台所にいる私を呼んだときに
「今行くから、待ってて。」と答えると、
「『行く』ってどういうこと?『来る』じゃないの?」と
聞き返されたりもします。
ドイツ語の“Ich komme.”を「来る。」と訳しているからだと思うのですが、
そういう風に思考回路の違う子供に
日本語ではなぜ「行く」と言うのか説明するということは、
なかなか大変なことでもあります。
母国語を失うということは単なる言葉の問題ではなく、
発想や思考回路も含めた母国の一部を
なくしてしまうことを意味しますから、非常に深刻です。
ドイツ語の習得も大変
日本語は忘れてしまっても「ドイツ語の方は完璧なのでしょう?」と
思われる方も多いと思います。しかし、それも違います。
ドイツ語はドイツ人でも難しいと言うほど複雑な言語で、
ドイツ語に触れれば触れるほど習熟度は上がりますが、
その面で外国人は圧倒的に不利です。
例えばドイツ語の名詞には性別(男性名詞、女性名詞、中性名詞)があり、
それぞれに”der” ” die” ”das”という冠詞があって、
動詞や形容詞もそれに応じて活用します。
しかし外国人の子はその識別が曖昧であることが多いのです。
次女も例外ではなく、文法的におかしなドイツ語を話しているようです。
このことは就学前健診のテストのときに気がついたのですが、
外国人は大人になってもそのような人が多いそうです。
つまり、赤ちゃんの頃からお父さんお母さんにドイツ語で話しかけられ、
ドイツ語で絵本の読み聞かせをしてもらい、
ドイツ語の子守唄を聞いて育つネイティブとは違い、
外国人は名詞の性別をはじめとするドイツ語のセンスのようなものが
心の奥底に浸透していないということのようです。
結局次女はドイツ語も半人前で、日常のおしゃべりは問題なくても
学校の授業で教わるドイツ語には難しさを感じているようです。
第一言語の固まる時期に外国にいると、どんな風に母国語を忘れていくの?
一般的に第一言語は幼稚園年長から小学校1~2年生ぐらいまでの
教育言語によって決まるとされています。
当初私は、そういうものなのかな?とあまり深刻にとらえていませんでした。
すでに4歳で日本語を話している次女の第一言語が日本語でなくなるということが、
全く想像できなかったからです。
しかし実際この時期にドイツの学校に通った次女を見ていると
それがどういうことかがよく分かります。
彼女は日本の学校に通った経験がないために、
「登校」「校庭」「黒板」「学級会」「学童保育」「テスト」「居残り」といった
学校用語の語彙がほとんどありません。
また、「フルーツバスケット」「ポートボール」「高おに」
「けいどろ(警察と泥棒)」「大なわとび」といった
子供の遊びに関わるような語彙も完全に欠落しています。
また、「町内」というような日本にしかない概念
(ドイツでは住所は通りの名前で表しますし、
日本のような○○町という行政単位は存在していないので)については、
それを理解させるために
日本の町の仕組みから説明しなければなりません。
反対にドイツにしかない行事、ドイツにしかない遊びも多いので、
ドイツ語を日本語に言い替えることも
どんどん大変になり面倒に感じるようです。
最終的に日本語に置き換えられない話題が増え、
ドイツ語で話す方が楽だということになり、
日本語離れが加速するのです。
10歳で移住してきた長女の方は全て日本語を通して理解しているため、
知っているドイツ語がどの日本語に該当するかが
分からないということは滅多に起きません。
ドイツ語は日本語訛りですが日本語の発音は正常ですし、
漢字は忘れかけているものの日常生活に不自由することはありません。
(もっともドイツ語は苦手で次女から
「お姉ちゃんのドイツ語おかしい。」と
いつも言われていますし、
ドイツ語の授業もバラードなどの古典は完全にお手上げ状態です。)
移住は10歳まで待つべき?
移住の時期については、迷われる方が多いと思います。
結局、移住するのはいつがよいかについてですが、
お子さんが10歳くらいでしっかり母国語が身についていらっしゃるなら、
母国語の維持のためにはそれに越したことはないと思います。
ですがドイツに永住する予定であれば、
日本語はおかしくてもドイツ語が分かる方が有利ですし、
子供は小さいほど言葉を吸収しますから、
早い時期の移住を一概に否定することもできません。
それでも母国語を忘れてしまうことは問題ですし
最終的に帰国することになった場合に苦労することは間違いありません。
また、仮に永住権を取得できたとしても、
就職はドイツ人に比べると不利(外国人の採用については
法的に一定の制限があるため)ですので、
少しでもそれを補うためにも
母国語の能力は必要になってくると思います。
母国に残っている家族や親せきと楽しく
おしゃべりできる状態を維持することも大切ですから、
お子さんが小さいうちに移住する場合は、
母国語を大切に守り育てていく必要があると思います。
大切なのは焦らないこと
移住して言葉で苦労している子供を見ると、
少しでも早く適応させてあげたいと思って、
家庭でも現地語の子供番組などを
見せたくなってしまう時期が必ずあると思います。
ですが、そうすると子供は母国語の上に現地語を上書きしてしまい、
母国語は忘れてしまいます。
子供は必要なことを覚えるのが早い代わりに、
目先の現実生活で役に立たないことは忘れてしまうのも早いものなのです。
そういう意味で子供が現地の言語に苦労しているその時こそ、
母国語の危機です。
現地語は現地校に通う限り、
少しづつだとしても必ず慣れていくものですが、
母国語は意識しない限り忘れていくことになります。
ですから家庭ではできる限り
母国語に触れることが大切ではないかと思います。
言葉は社会的なものですから家庭だけで
フォローするのは難しい面もありますが、
ベルリンには日本人学校や日本語補習校もありますし、
今はオンラインで日本の学習塾の授業にも
参加できる時代になっています。
結局、小さいお子さんの母国語を維持するために必要なのは、
現地への適応を焦ることなく、
母国語を優先して守り育てていく気持ちではないかと思います。
( Waka.M )